東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2253号 判決 1967年6月23日
申請人 吉田清七
被申請人 北交通株式会社
主文
(一) 本案判決確定にいたるまで、
(1) 申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を定める。
(2) 被申請人は申請人に対し昭和四〇年五月以降毎月末日限り金三一、八四三円を支払え。
(二) 申請人のその余の申請を却下する。
(三) 申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一当事者双方の求める裁判
一 申請人の申立
「被申請人は申請人に対し昭和四〇年五月以降本案判決確定にいたるまで毎月末日限り金五〇、三六四円を支払え」とのほか、主文(一)項の(1)および(三)項と同旨の判決。
二 被申請人の申立
「本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする」との判決。
第二申請人の主張
〔甲〕 申請の理由
一 被申請人(以下、「会社」ともいう。)は車両三三台、従業員九七名をもつてタクシー業を営むものであるが、申請人は昭和三六年一二月八日その営業開始と同時に会社にタクシー運転手として雇傭され、それ以来、タクシーに乗務し、毎月末日の支払日に、その前月二一日から当月二〇日までの賃金の支払を受けていた。
二 ところが、会社は昭和四〇年三月三一日付内容証明郵便をもつて申請人に対し、申請人が会社の従業員をもつて組織する親睦会の会長に在任中、その役職を利用し会社から従業員の福祉厚生基金に充てると称して一五万円の融資を受け、そのうち一四万円を着服横領したので、会社の就業規則五五条二項二号ならびに同項一八号にてらし同日限り懲戒解雇する旨の意思表示をし、翌四月一日以降、申請人の就労を拒否するにいたつた。そして、右書面は、その頃申請人に到達した。
三 しかしながら、右懲戒解雇の意思表示は以下の理由により無効であつて、申請人は、なお会社の従業員たる地位を有し、会社から賃金の支払を受けるべき権利を有する。
(一) まず、申請人には会社が右書面において指摘した金銭の着服横領行為をした覚えがなく、したがつて懲戒権を発動される理由がない。
(二) また、右懲戒解雇は申請人がなした下記のような広義の組合活動に真の理由があつたのであつて、不当労働行為を構成する。すなわち
1 会社の従業員は昭和三七年二月相互間の親睦を図り、かつ労使交渉の機関とする目的で親睦会を結成したが、申請人はこれを計画して、その規約を作成した。そして、結成と同時に推されて初代会長となり同年六月まで、これを務めたほか、昭和三八年二月から六月まで副会長、昭和三九年六月から昭和四〇年二月まで会長の職にあつたが、その間、親睦会の活動として従業員の労働条件の改善に奔走し、会社に深夜手当の法定の基準に従つた支給を約束させ、年功給および家族手当を新設させ、毎期の賞与額を確実に上昇させ、また賃金中、固定給の比率を四割から六割に改訂させ、さらには運転手がエントツ等の不正行為をした場合、一回目には始末書を徴するにとどめ、二回目にはじめて解雇させる等、従業員の利益擁護に大いに努力した。
2 会社が、そのため申請人を嫌悪して会社から排除しようと意図するにいたつた消息は、昭和四〇年二月二一日行われた親睦会の役員選挙に際し、会社の運行管理者たる大橋二太郎が特定候補者の氏名を記したメモを従業員に配布して、その選出を勧奨し、申請人の選出を阻もうとしたことからも窺われる。
四 そして、申請人が解雇時以降、会社から支給を受くべき賃金の額を算出するについては、申請人が神経痛または胃病のため欠勤日数の多かつた昭和三九年九月ないし一一月度および昭和四〇年二月度ならびに会社から出勤停止処分を受けたため稼働日数の少なかつた同年三月度は、いずれも歩合給算出の基礎となるべき水揚高が右のような特別の事情により低かつたから、少くとも右各月分の賃金受給額を基準とするのは適当でなく、一方、申請人が解雇時に最も近接して平常の勤務をしたのは昭和四〇年一月度であるから、同月分の賃金受給額五〇、三六四円を基準とすべきである。仮に、そういえないとしても、ハイヤー・タクシー業界では会社を含めて一般に健康保険法所定の年間、標準報酬月額算定の基準を毎年五ないし七月度の三ケ月の平均賃金に求めている(なお、会社は有給休暇に対して支払うべき平均賃金についても右三ケ月の平均賃金によつている。)から、申請人の解雇後に受給すべき賃金額についても、その前年たる昭和三九年の五ないし七月度の平均賃金四七、九五〇円を算出基準とするのが相当である。
ちなみに、申請人が昭和三九年五月以降、解雇時までに会社から支給された賃金月額は、昭和三九年五月分が五五、九四四円(その稼働日数((以下、略))二六日)、六月分が四六、七一九円(二七日)、七月分が四一、一八七円(二六日)、八月分が四一、九八七円(二五日)、九月分が二一、〇〇六円(一七日)、一〇月分が三、七三一円(四日)、一一月分が一一、六九三円(一三日)、一二月分が三七、一七〇円(二六日)、昭和四〇年一月分が五〇、三六四円(二六日)、二月分が八、五三八円(八日)、三月分が一八、九三七円(一〇日)、四月(但し三月二一日から三月三一日まで)分が四、三〇五円(四日)である。
五 申請人は賃金を唯一の生活の資とする労働者であつて、会社に対して提起すべき雇傭関係存在確認ならびに賃金支払請求の本案判決確定をまつていては、経済的、精神的に回復し難い損害を受ける虞がある。
よつて、会社に対し申請人のため従業員たる地位を保全し、かつ解雇後たる昭和四〇年四月二一日以降の前記方法で算出した賃金月額五〇、三六四円(予備的には四七、九五〇円)の支払を命じる仮処分を求める。
〔乙〕 被申請人主張の懲戒解雇の経緯に関する事実の認否
一 被申請人主張の後掲〔乙〕一の(一)の事実中、申請人が被申請人主張の日に欠勤したことは認めるが、その余は否認する。
二 同(二)の事実中、申請人が被申請人主張の日に会社の小久保社長に対し被申請人主張のメモを示しながら、親睦会役員選挙への介入を抗議し、社長が右介入事実を否定したことは認めるがその余は否認する。
三 同(三)の事実は会社が申請人に反省を求める必要を感じ、また申請人の生活を考慮したことを除き、これを認める。
四 同二の(一)の事実中、会社と親睦会との協議会が被申請人主張の日に開催されたこと、親睦会が当時、旅行積立金制度を廃止し、会員に対する生活融資制度を兼ねた退職金積立制度を新設したこと、その会長たる申請人が副会長たる小山久美を同行して小久保社長に対し金員の借用を申入れ、同社長から、その承諾を得て一五万を受領したことは認めるが、その余は否認する。右借入金の返済期は会員の退職積立金が一〇〇万円に達したときとの約であつたが、その時期は計算上、昭和四〇年六月頃であつたものである。
五 同(二)の事実中、被申請人主張の日に親睦会の役員改選があり、清水一義が新会長になつたこと、昭和四〇年三月三一日被申請人主張の会合があつたことは認めるが、その余は否認する。
六 同(三)の事実中、申請人の所為が被申請人主張のように詐欺または横領を構成し、したがつて会社の就業規則にふれることは否認する。新睦会が会社から借入れた一五万円の資金は別会計として、会員に貸出され、一方、利息合計一四、八〇〇円の支払をうけ、昭和四〇年三月現在、その貸出高は申請人に対する七六、〇〇〇円、吉成滋男に対する一〇、〇〇〇円、松田正美に対する一〇、〇〇〇円、遠藤則雄に対する二〇、〇〇〇円、小山久美に対する四八、八〇〇円の合計一六四、八〇〇円となつている。
第三被申請人の主張
〔甲〕 申請の理由における事実の認否
一 申請人主張の前掲申請の理由中、一、二の事実は認める。
二 同三の(一)の事実は争う。申請人には後記〔乙〕二のように懲戒事由があつたものである。
三 同(二)の事実中、会社の従業員が相互の親睦を図る目的で親睦会を結成したこと、申請人が昭和三七年二月から同年六月までおよび昭和三九年六月から昭和四〇年二月まで、親睦会の会長であつたことは認めるが、その余は、すべて否認する。もつとも、会社の親睦会が事実上、労使の交渉機関としての機能を有したことは認める。
四 同四の事実中、申請人が昭和三九年五月度から解雇時までに会社から申請人主張の月額の賃金の支給を受けたこと、賃金期間の昭和三九年五月および一〇月度、昭和四〇年一月ないし三月度ならびに同年四月度に属する同年三月二一日から解雇時の同月三一日までの間に申請人主張の日数を稼働したこと、会社が健康保険法所定の年間、標準報酬月額および有給休暇に対して支払うべき平均賃金の算定を毎年五ないし七月度の三ケ月の平均賃金によつていることは認めるが、その余は、すべて否認する(なお、申請人は昭和三九年六月度には二六日、七月度には二四日、八月度には二六日、九月度には一四日、一一月度には一四日、また一二月度には二四日稼働したものである。)。
申請人が解雇時以降、会社から支給を受くべき賃金額の算定については、申請人の解雇時直後の稼働状況を推定する資料として最も妥当である直近過去三ケ月にあたる昭和四〇年一ないし三月度の稼働状況に見合つた平均賃金(月額二五、九三四円となる。)によるべきであつて、申請人主張のように同年二、三月度を欠勤日数が多いこと、もしくは稼働日数が少いことを理由に除外し、同年一月度だけを算出基準とするのは不合理である。
申請人は同年二月度には診断書も提出せずに胃病、頭痛等と称して四出番を、さらに家事都合等の理由をあげて五出番を欠勤し、同年三月度には後述〔乙〕一の(一)、(二)の理由により会社から三出番の出勤停止処分を受けたほか、家事都合等の理由で四出番を欠勤したが、これをもつて申請人に特別の事情によるものとみるべき根拠はなく、申請人の同年一月度における稼働状況をもつて平常の勤務とみるべき根拠もない。また、会社が健康保険法所定の標準報酬月額ならびに有給休暇の平均賃金の算出の基礎を毎年五ないし七月度の三ケ月の平均賃金に求めているのは多数従業員について一括処理を余儀なくされる事務上の要請によるにすぎないのであつて、申請人の解雇時以降の受給すべき賃金を算定する方式としては必ずしも合理的ではない。仮に、いわゆる平均賃金により得ないとしても、申請人が解雇後に受給すべき賃金は少くとも過去一年間の賃金から推定すべきであつて、その平均月額三二、二三四円たるべきである。
五 同五の事実中、申請人が会社において就労し、賃金を受給しないとき回復し難い損害を蒙る虞があることは否認する。
〔乙〕 懲戒解雇の経緯
一 情状
(一) 申請人は昭和三九年九月頃から勤務態度が目立つて悪化し、あるいは上司の指示命令に反抗的態度をとつて従わず、あるいは欠勤、早退をくり返すばかりか、病気を口実に欠勤して競輪等に出かけるなど著るしく職務を怠るようになり、再三注意を受けたが、一向に改めず、昭和四〇年一月二三日の出番から、またまた欠勤し始め、同年三月八日の出番までに、同年二月一〇日および同月一四日ないし二六日の隔日の出番に出勤したにすぎず、しかも出勤した際にも営業収入が極めて低劣であつた。
(二) 加えて、申請人は同年三月六日突然会社の社長室に立入り、会社の取締役社長小久保伊三郎に対し数名の運転手の氏名が列記されたメモを示し、親睦会の役員改選には、これらの者の選出を命じたのかと云つて、荒あらしく抗議し、小久保社長が関知しないこととて、「梅沢(太郎。会社の総務部長)に話してあるのか。私は全然知らない」と云つて、退去を求めたのに、これに従わず、「こんなことするのなら、俺にも覚悟がある。あくまで戦つてやる」と大声で罵り出し、これに対し同社長が「勤務を怠けているうえ、個人的に貸した金や親睦会に貸した金はどうしてくれるか」と咎めると、「一五万円(親睦会が会社から借用した金員)は何時返すとも書いてない筈だ。あの金は俺個人で借りた金だ。俺が、どう使おうと自由だ。どうとも勝手にしろ」と放言し、激昂して手拳で机を叩いて同社長を威嚇した。
(三) これがため、会社は申請人に強く反省を求める必要を感じ、会社の就業規則五四条二項、三項に基づき同年三月一〇日から同月一五日まで六日間の出勤停止を命じ、ただ、その生活を考え、本給分だけは支給した。
二 懲戒の事由
(一) 会社は昭和三九年八月六日開かれた親睦会との協議会において、会社が従前、従業員に対して行つていた金銭貸付を緊急やむを得ない場合以外、行わない旨を申入れたが、たまたま親睦会は従前設けていた旅行積立金制度を廃止し、会員に対する生活融資制度を兼ねた退職金積立制度を新設したところであつたので、その会長たる申請人は右制度を運用し、生活融資の基金として会員から一人当り月づき一、〇〇〇円ずつ徴収し、三ケ月経れば二五万円程度が積立てられるから、これによつて通常の場合、独自の融資に事を欠かないとして、会社の右申入を諒承した。
そして、申請人は同月一二日親睦会の副会長小山久美を同行して、小久保社長に対し、会社から生活融資の準備金として一五万円を借用したい旨を申入れ、かつ右準備金をもつて会員一人当り二万円を限度として当面の貸付を行うが、見通としては昭和四〇年二月頃には返済が可能であると説明したので、同社長は右申入を承諾して、一五万円を申請人に手交した。
(二) ところが、申請人は右金員のうち、一四万円を自己の用途に費消したことが後に判明した。
すなわち、会社は昭和四〇年二月二一日親睦会の役員改選により、正、副会長が更迭し、また右貸金の返済時期も到来したので、その頃清水一義新会長に右貸金の返済を求めたが、前任者から同会長に引継ぎがないことが判明した。そこで、会社は事情を解明するため同年三月六日および三一日の二回にわたり、申請人を交えて親睦会の新旧役員と会合したところ(ただし、第一回目は清水新会長不出席)、申請人は第一回目の会合においては、会社からの借入金一五万円は別途会計とし、会計担当者には渡さず、そのうち一万円は吉成滋男に貸したが、その余については清水新会長が出席したところで話す。小山前副会長は、その出納に関係がない旨の発言に終始し、それ以上に釈明しなかつたが、第二回目の会合においては、遂に右借入金につき「自分が独断で費した。一部貸出した分もあるが自分の生活に費した。いかなる解釈をしようとも、会社の勝手である。返済するなら、月三〇〇円ずつする。これで解らねば、勝手にしろ」と発言して、一四万円費消の事実を告白し、さらに会社から追及されると、「俺が個人の力で社長から借りたのだ。詐欺か、横領か、どうとも解釈しろ」と開きなおり、「会社の思う通りにやれ」と言い残して退席した。
(三) 以上の経緯からすれば、申請人は当初から親睦会の生活融資の準備金とする意思がないのに、これがあるように申し詐つて社長から一五万円を騙取したうえ、そのうち一四万円を自己の用途に費消したか、そうでなくても、右金員を受領して保管中、そのうち一四万円を費消横領したか、そのいずれかである。
そして、申請人の行為は、もし前者とすれば会社の就業規則五五条二項一八号に、また後者とすれば、同項二号にそれぞれ該当し、いずれにしても、同規則五四条、五五条一、二項により懲戒処分を免れず、しかも申請人には反省の色がないから、前記一の情状に照らしても、酌量減軽の余地が、まつたくないので、会社は申請人を懲戒解雇すべく決定したものである。
第四疎明<省略>
理由
一 申請人が昭和三六年一二月八日タクシー業を営む会社にタクシー運転手として雇傭され、それ以来タクシーに乗務し毎月末日の支払日に、その前月二一日から当月二〇日までの賃金の支払を受けていたところ、会社が申請人に対し昭和四〇年三月三一日付内容証明郵便をもつて懲戒解雇の意思表示をし、翌四月一日以降その就労を拒否し、右書面が、その頃申請人に到達したことは当事者間に争いがない。
二 そこで、懲戒事由の存否について考察する。
(一) 被申請人主張の非行の有無、如何。
1 会社の従業員が相互親睦の目的で親睦会を結成し、申請人が昭和三九年六月から昭和四〇年二月まで、その会長であつたこと、申請人が右会長在任中の昭和三九年八月一二日副会長たる小山久美を同行し、会社の取締役社長小久保伊三郎に対し親睦会のため金員を借用したい旨を申入れ、同社長から承諾を得て一五万円を受領したことは当事者間に争いがない。
そして、右借入の目的および使途を検討すると、証人清水一義の証言および申請人本人尋問の結果によれば、親睦会は従前から会社の親睦旅行時の小遣銭に充てる目的で会員が毎月五〇〇円ずつ積立てる旅行積立金制度を実施し、昭和三九年七月には、その積立額が合計六〇数万円に達したが、その頃までに会社の親睦旅行が一度も催されなかつたので、同月二八、二九日の明番会において、会員大半の希望を容れて右制度を廃止し、これに代えて退職金を補う目的で会員が毎月一〇〇〇円ずつ積立てる退職積立金制度を新設する運びとなつたこと、ところが、旅行積立金制度のもとにおいては、その積立金を基金として会員に二万円を限度とする貸付を行い、基金の殆んどが貸出済になつていたため、これを清算すると、生活上、再び融資を受ける必要のある会員がいたこともあつて、退職積立金制度のもとにおいても、その積立金を基金として従前どおり会員に二万円を限度とする貸付を行う方針が定められ、同時に、その運営上、会員の積立金によつて貸付を賄い得る時期までの当座の貸付資金について、会社に融資を求める方策が諒解されたこと、そこで会長たる申請人は、これを実施するため会社に対し三〇万円の借用を申入れ、結局、前記のように一五万円を親睦会名義で借入れたものであることが一応認められ、
また、申請人本人尋問の結果により当時の親睦会副会長小山久美が作成した会計帳簿と認められる甲九号証の一ないし八ならびに右尋問の結果によれば、会長たる申請人は右借入の貸付基金を別途会計とし、その出納を小山副会長に依頼し、同年八月以降、毎月右基金を残らず会員に貸付けたこと、そして、その貸付情況として、同月には一六名の会員に最高一万円、最低二、〇〇〇円が貸付られた(もつとも、そのうち六名には二回ずつ貸付けられたが、その二回を併せても金額は二万円を超えなかつた。)こと、ところが同年九月以降の各月には、特定の会員が二万円を超えて貸付を受け、また前月に引続いて貸付を受ける傾向が次第に強まり、これがため貸付対象が特定会員に集中するにいたり、昭和四〇年二月には結局、申請人自身が七万六〇〇〇円、小山久美が四万八〇〇〇円という多額の貸付を受けたほかは、三名の会員が従前に引続いて貸付を受け得たに止まること、しかも、申請人および右小山は、その前月までの各月にも貸付開始以来、引続いて貸付を受け、ことに、申請人の場合は昭和三九年一一および一二月の各月とも四万二〇〇〇円、昭和四〇年一月には六万二〇〇〇円の貸付を受けたものであることが一応認められる。
2 以上の事実に徴すれば、申請人は会社から借入れた親睦会の融資準備金の貸付につき、必ずしも妥当といい難い運営をなしたものというべきであつても、これを出でて申請人が被申請人主張のように、会社から右融資準備金に充てる旨申詐つて金員を騙取したことは勿論、会社から受領して親睦会のため保管中の金員を費消横領したことを認むべき余地を見出すことはできない。
ただ、会社が、その主張のように右金員の詐取または横領の事実を認定した経緯について考えてみると、証人梅沢太郎、井上常雄および清水一義の各証言ならびに申請人本人尋問の結果によると、昭和三九年一〇月末の明番会において、会社の総務部長梅沢太郎が臨席中、親睦会の会員清野清一(前出甲第九号証の二ないし八によれば、同人は親睦会から同年八月五〇〇〇円、同年九月二回に六〇〇〇円の各貸付を受けたが、同年一〇月以降の各月には貸付を受けなかつたものであることが認められる。)が申請人に対し会の貸付方法が不公正ではないかと詰問したので、申請人はこれに弁駁し、両者の間に激論が交されたこと、次で昭和四〇年初め頃には親睦会の内部において、右貸付準備金は、その全額が一部の会員だけに貸付けられた状態になつているという噂が流れたことが一応認められるが、かように申請人の貸付方法に疑惑が生じたのは前記認定の貸付情況に照せば、むしろ自然の成行であつたというべきである。次で、昭和四〇年二月二一日親睦会の役員改選の結果、清水一義が会長になつたことは当事者間に争いがないところ、証人梅沢太郎および清水一義の各証言ならびに申請人本人尋問の結果を綜合すれば、申請人は右貸付基金の別途会計を清水新会長に引き継がなかつたので、同会長は就任直後、会社の総務部長梅沢太郎から会社の貸付金一五万円の返還を要求されたのに対し、申請人ら旧役員を交えた三者の会合で、解決すべく回答し、梅沢総務部長ならびに申請人の諒解のもとに、右にいわゆる三者の会合が設けられたこと、しかるに、申請人は同年三月六日の会合に右会計担当の旧副会長小山久美とともに臨みながら、前出甲第九号証の一ないし八の会計帳簿も携行せず、梅沢総務部長の質問に対し、清水新会長の出席がないことを理由に(吉成滋男新副会長は出席していた。)、回答を保留し、また同月三一日の会合にも小山旧副会長とともに出席し、同部長から吉成新副会長に貸付けた一万円(同副会長が、その会合で自認した。)の残一四万円の即時返還を迫られながら、全部貸付けてあることを理由に、返還が困難であると弁疎するに止まり、右会計帳簿を示して右貸付の事実を裏付ける努力をしなかつた(あるいは、前記のような貸付状況が判明することを当時としては望まなかつたことによるものとも推量される。)こと、そこで梅沢総務部長は右会合において申請人に対し、語調を強め、詐欺または横領のかどで告訴し、また解雇する意向である旨を告げたが、申請人の所為につき、それ以上の調査を行つた事実はないこと、以上から推すときは、会社は申請人の貸付方法につき親睦会内部に疑惑を抱く会員がいること、ならびに、いわゆる三者の会合における申請人の弁解に信を措けなかつたことだけで、直ちに詐欺または横領の事実があると推定し、懲戒解雇に問擬するにいたつたものであることが一応認められるが、会社の右判断は実は真相から遊離したものであつたというほかはないのである。
(二) そして、成立に争いのない乙三号証によれば、会社の就業規則五四条一項は「従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒処分をする。」、二項は「懲戒は本章(第一〇章)に定める基準に従い社長が行う。1この規則又はこの規則にもとずいて作成させる諸規則に違反したとき。2職務上の義務に違反し又は職務を怠つたとき。3従業員としてふさわしくない行為のあつたとき。」、同五五条一項には「懲戒は次のとおりとする。1懲戒解雇、2格下げ、3出勤停止、4業(乗)務停止、5減給、6譴責」、同条二項は「懲戒解雇は次の各号の一に該当する場合これを適用する。但し情状によつてその処分を軽減することがある。」、同第2号は「会社或いは会社の保管している金品を横領窃取したとき。」、同項18号は「業務に関し会社を欺く等故意又は重大な過失により事業上に損害を与えたとき。」、同項31号は「前各号のほか規則五四条に該当し、その情が著しく重いと認めたとき。」と定めていることが認められるが、前記認定の申請人の所為が右所定の懲戒事由に該当するものでないことは、あらためて説明を要しないであろう。
もつとも、前記認定の事実によれば、申請人は親睦会の会長として退職積立金を二万円の限度で会員に融資する方針を採りながら、その実際の運用上、一部会員に対し右限度額を超える貸付をし、ことに正副会長たる申請人および小山久美には前記借入金一五万円の八割以上にあたる金額を貸付けたのであるから、それだけ他の会員に対する融資の利便を減じたものというべきであつて、親睦会ないし、その会員から、役員としての地位を乱用した背任的行為であるとして非難を受けてもやむを得ないであろうが、使用者が就業規則に基づいて従業員に懲戒処分を課し得るのは、その行為が会社の企業秩序を乱し、または乱す虞があるため、企業秩序を回復しまたは維持するに必要がある場合に限られると解されるとともに、申請人の対親睦会関係の右のような態様、程度の所為があつたゞけでは、会社の秩序を維持するため、申請人に懲戒処分をもつて臨むべき必要があつたものとは認め難いから、申請人の行為をもつて会社の就業規則五五条二項31号または五四条二項3号に該当するということはできない。
(三) そのほかに申請人を懲戒解雇処分に付すべき事由が存したことについては、なんらの主張も、疎明もない。
三 そうだとすれば、会社が申請人に対し懲戒権の行使としてなした解雇の意思表示は懲戒のいわれがない以上、その効力を生じるに由がないというべきであるから、申請人は、なお会社に対し労務契約に基づく権利を有するものである。したがつて、また会社が解雇を理由に申請人の就労を拒否する限り、申請人の就労不能は労務給付の債権者たる会社の責に帰すべき事由によるものというべきであるから、その債務者たる申請人は反対給付たる賃金の支払を受ける権利を失わない。
ところで前出乙三号証によれば、会社のタクシー運転手の賃金が固定給および歩合給をもつて構成される日給月給制であることを一部認めることができるから、申請人が会社から就労を拒否されなければ、得られたであろうし、また得られるであろう賃金の額は申請人が解雇前に支給を受けた賃金から推算するほかないが、これには労働基準法所定の平均賃金算定方式に則り、解雇時に最も近い一生活日当りの賃金を算定し、これを基本として、できるだけ妥当な平均月額を求めるのを相当とする。本件について検討すると、申請人の解雇直前の賃金締切日たることが前記認定事実から明らかな昭和四〇年三月二〇日以前三箇月間に会社から申請人に支払われた賃金の総額が七七、八三九円(同年一月度の五〇、三六四円、二月度の八、五三八円および三月度の一八、九三七円の合計額)であることは当事者間に争いがなく、これを、その期間の総日数たる九〇日で除した金額が八六四円八七銭であることは計算上明らかであるが、前記のように日給月給制に基いて支給された右賃金の総額を、右期間における労働日数たること、当事者間に争いのない四四日(同年一月度の二六日、二月度の八日および三月度の一〇日の合計日数)で除した金額の一〇〇分の六〇が一、〇六一円四四銭であることも計算上明らかであるから、労働基準法上、申請人の平均賃金は右金額を下ることを許されない。したがつて、申請人が解雇以後において会社から支払を受くべき賃金の算定についても、同法の立法趣旨を汲み、特別の事情がない限り、右金額を基準とするのが相当であるところ、これに一箇月を三〇日として乗じた右賃金の月額は計算上、三一、八四三円となる。
申請人は同年二月度は私病のため欠勤日数が多く、同年三月度は会社から出勤停止処分を受けたため稼働日数が少く、いずれも特別の事情により水揚高が低かつたから、右各月分の賃金を基準とすべきではなく、解雇時に最も近接して平常の勤務をした同年一月度の賃金を基準とすべきである旨を主張するが、それ以上に特別の事由によることの疎明はなく、一方、申請人の同年一月度の勤務状況が常に一定したものであることの疎明もないから、前示賃金月額の算出過程において採用した平均賃金の最低額保障方式による平均値を捨てて、申請人主張の基準に拠るべき合理性を見出すことはできない。
また、会社が健康保険法所定の年間、標準報酬月額及び有給休暇に対して支払うべき平均賃金の算定の基準を毎年五ないし七月度の三箇月の賃金に求めていることは当事者間に争いがなく、申請人は、その解雇後に受領すべき賃金の算定についても、前年度たる昭和三九年五ないし七月度の三箇月の賃金を基準とすべきである旨を主張するが、右主張には合理的根拠がないから、これを採用しない。
四 そして、申請人が会社にタクシー運転手として勤務し、これによつて賃金を得ていたものであることはさきに認定したところであるから、ほかに特別の事情がない限り、会社から従業員としての地位を否定され賃金の支払を受けないときは、その生活上、著るしい損害を蒙る虞があると推認するのが相当である。
五 よつて、本件仮処分申請は被保全権利として、申請人が解雇の後たる昭和四〇年四月二一日(五月度の賃金期間の始期)以降、会社に対し労務を提供するときは会社によつて、これを受領されなくとも前記認定の月額三一、八四三円の賃金を同年五月以降、毎月末日に支払を受くべき権利の存在することおよびその保全のため、右権利を行使し得る時期において直ちに実現させる必要の存することにつき疎明を得たから、保全の目的を達する必要上、主文(一)項の処分をするのを相当と認め、また右金額を超える賃金債権の存在については疎明がないから、これを被保全権利とする、その余の申請を却下することとし、申請費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条但書を適用し、保証を立てさせないで、主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎 高山晨 田中康久)